筋膜リリースとその効果

 最近、理学療法士の間では筋膜リリースが流行っているようである。筋膜リリースというタイトルでなくても、神奈川県立大の石井慎一郎先生や広島国際大の蒲田先生のDVDを見ると治療手技で筋膜リリースを使っている。

 筋膜リリースという言葉はオステオパシーが出どころだと思う。理学療法では軟部組織に対する治療はストレッチ、マッサージ、モビライゼーションという言葉が一般に使われていた。

【筋膜リリースの定義】
・ Myofascial release treatment 筋膜リリース法:最初に、アンドリュー・テイラー・スティルと初期の弟子たちが記述した治療法。筋膜組織のリリースを達成するために、継続的触診フィードバックにつとめる。
・ 直接的筋膜リリース法:筋膜組織による運動制限に使われる。その組織に解放が起きるまで休みなく力を加える。(伸長位に保持する)
・ 間接的筋膜リリース法:機能障害の組織を最も抵抗が無いように誘導して自由に動くようにする(短縮位に保持する)


【筋膜の特性】
・ 筋膜の定義
・ 人体を構成する組織は上皮組織、支持組織、筋組織、神経組織の4つに分類される。支持組織はさらに結合組織、軟骨組織、骨組織、血液およびリンパに分類される。結合組織の中で筋組織(筋細胞)を結合しているのが筋膜である。
・ 個々の筋線維(筋細胞)は筋内膜とよぶ繊細な結合組織の鞘で囲まれている。その筋線維を集めて束となし、筋周膜というあらい結合組織が包む。最後に筋全体を、さらに厚くて硬い結合組織の筋上膜がまとめる。組織学でいう筋上膜のことを肉眼解剖では一般に筋膜とよぶ。(エイレンNマリーブ:人体の構造と機能,医学書院,1997)
・ 柔軟性が高く、正常では関節運動を制限しない
・ 筋膜は筋線維の収縮およびその収縮による関節運動により伸張される力が加わる。筋膜自身に収縮する機構は無いが、エラスチンというバネ様の線維により元の形態に戻る。

 

【組織の形態は加わる力で決まる(変わる)】
・ 腱、靭帯、皮膚のコラーゲン線維の配列の模式図を見ると分かるように張力の加わる方向にコラーゲン線維は整列する。筋膜は皮膚の配列に近いと考えられるが、当然部位により力が一定方向に加わる部位では靭帯に近くなると予測される。
・ 力を伝達する固い組織はごく一部で、そこはコラーゲンの配列が直線状で密度が高い。
・ 代表的なものとして胸腰筋膜や腸脛靭帯(大腿筋膜の一部)
・ 腱も基本は筋膜と同じ組織だが、張力が一定方向に限定されるので筋膜と違った組織のようになっている
・ 結合組織の形態は一時的に変わっても損傷しない限り元の形態に戻る
・ クリープ現象と呼ばれる、長時間弱い力で結合組織を伸長すると長さが伸びる現象がある。しかしこれは一過性のものであり、時間が経つとエラスチンの作用でゆっくりと元の長さに戻る。筋以外の軟部組織は収縮できないのでこの作用がある。もしこの作用が無いと日常の活動でどんどん軟部組織はたるんでいくことになる。
・ 筋膜リリースやストレッチで角度や長さが伸びるのは、このクリープ現象と収縮していた筋の弛緩による。よって数時間後にはまた元の長さに戻る。時に伸びたままになるのは脳のプログラムの変更で筋のリラクセーション(弛緩)が生じたか、筋スパズムが解消された場合であると考えられる。結合組織自体は短時間の伸長では実質的に伸びない。
・ 永続的な結合組織の形態変化は持続的、反復的な力の蓄積により遺伝子のスイッチが切り替わることで起きる
・ 拘縮や癒着のある組織の伸びるメカニズムを図示したものを紹介する。拘縮や癒着の本質はコラーゲン線維の分子間架橋という化学的な結合である。これは外力により外れるものではなく、コラーゲン分解酵素が働いて外れるものである。この酵素が働く条件は持続的、反復的な力の蓄積により線維芽細胞やマクロファージの遺伝子のスイッチが切り替わることで起きる。したがって何日間も伸長力を加え続けることで永続的に長くなるのである。

【筋膜のリモデリング】
・ 筋膜の特性として可動性(柔軟性)と抗張力性がある。この特性は筋膜に加わる力により決まり、その力が変化すれば適応するようにリモデリングが生じる。
・ 筋膜が短縮位に保持され、伸張されない状況では拘縮と同様の変化が起きる。プロテオグリカンの減少とコラーゲン線維間の分子間架橋の増加がおこり、可動性(柔軟性)が低下する。逆に伸張位の長期間保持や反復する伸張刺激が一定期間継続されると、プロテオグリカンが増加し、コラーゲン線維の分子間架橋が減少し、可動性(柔軟性)が増加する。
・ 筋膜に強い伸張刺激が反復して加わり、それが一定期間継続されると、コラーゲン線維は伸張方向に配列をそろえ、抵抗できるように組織をリモデリングする。

 


 「系統別・治療手技の展開 第2版」(協同医書)の中で竹井仁先生は以下のように説明している。
「深筋膜リリースの目的は、交叉する線維の伸張と筋膜の基質(細胞間物質)の粘調度を変化させることで、深筋膜の制限時に膠原繊維をリリースすることにある。具体的には持続した緩やかな圧迫や伸張を適応し、組織の温度やエネルギーの状態を高め、身体の細胞間物質内の流動性をより多く作り出すプロセスを助け、最終的には筋膜組織の状態に応じて、三次元方向へ筋膜を伸張するプロセスを助け、最終的には筋膜組織の状態に応じて、三次元方向へ筋膜を伸長するプロセスである。」

 この文章でも分からないことが書いてある。
 持続した緩やかな圧迫や伸張で組織の温度がいったい何度上がるのだろうか?そして「エネルギーの状態」とはいったい何を指しているのだろうか?

 組織の温度による伸張度の変化は古典的な研究であるがLehmannらの報告がある。
JF. Lehmann ed: Therapeutic Heat and Cold 3’ed, WILLIAMS&WILKINS, 1980


 ラットの尾の腱を用いた研究で、全般的には41℃以上で伸張性が上がる結果となっている。手の圧迫や伸張でここまで温度が上がるとは考えられない。

 このように竹井先生の文章ですら生理学的に理解できないことが書いてある。


【筋膜のセーターモデル】
・ 局所の筋膜のゆがみが全身に影響を及ぼす仮説で、ロルフィングという治療手技を作り上げたIda P Rolfにより提案された。


・ しかし柔らかい筋膜が張力を遠位まで伝える証明は無い。(筋活動を伴えば張力を伝えることはできるだろう。)
・ 局所にゆがみ(筋膜の延長+拘縮?)を引き起こすのは不必要な筋収縮か姿勢の影響で、それを修正すれば筋膜は適切な姿勢や運動に伴う張力により元のコラーゲン配列に戻る。
・ ロルフィングでは固く短くなった筋膜を伸ばす治療を行うが、このモデルでは筋膜は伸ばされたことが起因になっている。(短縮位が作られる原因をイメージ図にすべきでは?)
・ ゆがんだ結果を治すより原因となっている異常筋緊張や姿勢を治すべきで、そうすれば筋膜は生理学的に自然に元に戻るでだろう。(広範囲の外傷がない限り)
・ 筋膜は全ての組織を緊密に覆う組織である。その緊張はスパズムの結果であり、筋膜と筋の合わさったものなので分離することはできない(Eileen LD, Stanley S: An Osteopathic Approach to Diagnosis and Treatment 2’nd, Lippincott,1997 p33より引用訳)。この記載からも筋スパズムの治療が筋膜の問題の解消につながると考えられる。
・ 「1回の治療で関節可動域制限が改善したのであれば、改善した病態は筋収縮の要素であると解釈すべきであり、拘縮の原因である軟部組織の器質的変化が改善したものではないことは十分に念頭においておく必要がある。」(沖田実 編:関節可動域制限 第2版,三輪書店,2013 p222より引用)この記載のように筋膜リリースやロルフィングなどの徒手療法を1回行っただけで可動域が永続的に改善するのはやはり筋スパズムが減少しただけと捉えるべきであろう。


【テンセグリティ構造という間違った解釈】
・ テンセグリティ(tensegrity)とは、バックミンスター・フラーにより提唱された概念で、Tension(張力)とIntegrity(統合)の造語。実際はケネス・スネルソンが彫刻として取り組んでいた引張材と圧縮材からなるオブジェに対し、テンセグリティなる造語を発案し、これを自ら用いたのがバックミンスター・フラーであった。(ウィキペディアより引用)

*人体の形を保持する機能とも捉えられているようだが、基本は骨格でしょう。(筋膜が全く関与しないとは言わないが、もし筋膜の支持性が強いのなら骨折の内固定や外固定はいらなくなる。)

改めて疑問点を提示する。
・ 筋膜の異常はどうやって評価するのか?
・ 表層は分かったとしても深層が本当に分かるのか?
・ 筋膜連鎖は力学的に(筋活動なく)力を伝えるのか?仮に力を伝えるなら首を屈曲すれば足関節の背屈が制限されるはずである。


【筋膜リリースの効果】(pub medによる検索結果)

myofascial release rct のキーワード検索では1件
・ トリガーポイントセラピーで足関節の背屈可動域の増加に有効。しかしコントロール群は非治療群なので単なるストレッチ以上の効果があるのか不明。

myofascial release effect のキーワード検索では49件あったが徒手療法としての筋膜リリースに関する論文は5つのみであった。


・ COPDに対する治療で5種類の徒手療法の一つとして筋膜リリースが使われた論文
・ マッサージとして筋膜リリースを健常者に施行して筋のリラクセーションが得られた論文
・ 特発性側弯症に対する筋膜リリースの1症例報告
・ 喉頭切除後の食道圧軽減に対する筋膜リリースの効果があったとの論文(これが一番客観化された論文であるが当然、対照群はない)
・ 膵炎の治療で軟部組織への徒手療法の一部として筋膜リリースを使用したRCT。入院期間の短縮があったが食事可能までの日数や鎮痛薬の使用量は違い無し。

 以上のように、治療効果はありそうだが他の治療法以上の効果はまだ証明できてないようである。


・ Grieve R, et al: The immediate effect of triceps surae myofascial trigger point therapy on restricted active ankle joint dorsiflexion in recreational runners: a crossover randomised controlled trial. J Bodyw Mov Ther. 17(4):453-61,2013
・ Noll DR, Johnson JC, Baer RW, Snider EJ. The immediate effect of individual manipulation techniques on pulmonary function measures in persons with chronic obstructive pulmonary disease. Osteopath Med Prim Care. 2009 Oct 8;3:9.
・ Arroyo-Morales M, Olea N, Martínez MM, Hidalgo-Lozano A, Ruiz-Rodríguez C,Díaz-Rodríguez L. Psychophysiological effects of massage-myofascial release after exercise: a randomized sham-control study. J Altern Complement Med. 2008Dec;14(10):1223-9.
・ LeBauer A, Brtalik R, Stowe K. The effect of myofascial release (MFR) on an adult with idiopathic scoliosis. J Bodyw Mov Ther. 2008 Oct;12(4):356-63.
・ Marszałek S, Zebryk-Stopa A, Kraśny J, Obrebowski A, Golusiński W. Estimation of influence of myofascial release techniques on esophageal pressure in patients after total laryngectomy. Eur Arch Otorhinolaryngol. 2009 Aug;266(8):1305-8.
・ Radjieski JM, Lumley MA, Cantieri MS. Effect of osteopathic manipulative treatment of length of stay for pancreatitis: a randomized pilot study. J Am Osteopath Assoc. 1998 May;98(5):264-72.