新しい病態仮説と治療法

病態仮説

 臨床的事実を元に考えたのが運動器疾患の痛みの本体は<脳のプログラム異常>であり、それにより痛みを伴う筋スパズムが発生し、二次的に様々な機能障害が引き起こされるという仮説である。脳のプログラム異常Ⅰ(脳のスイッチがONになりっぱなし)により筋スパズムが出現し、痛みと可動域制限を来す。筋スパズムはjoint playの減少、アライメント異常、筋膜の固さ、神経の滑走制限を来すこともある。また脳のプログラム異常Ⅱ(感度調整の異常)により関節や筋の固有受容器の閾値が下がって敏感になり、正常範囲の運動を異常と判断し、防御反応として筋スパズムを作り出す。

 脳のプログラム異常Ⅰの具体例としては足関節捻挫後に1カ月しても痛みが残る場合を説明する。前距腓靭帯の損傷は治癒している時期であり、それによる痛みは考えにくい。評価として足関節の内反ストレスを加えると痛みが誘発されるが、前距腓靭帯だけにストレスを加える距骨の前方引き出し検査では痛みはでない。そこから考えられるのは腓骨筋の問題であり、触診すると筋スパズムが確認できる。腓骨筋の損傷も考えられるが時期的に治癒している時期であり、また筋損傷は収縮時痛である程度判別できる。
 受傷時の前距腓靭帯への力学的ストレスを回避するために腓骨筋が過剰に活動する状態が続いたために、適応として脳内でプログラムの変化が起こり、常に筋活動が持続するように脳のプログラム異常Ⅰ(脳のスイッチがONになりっぱなし)による筋スパズムが出現し、痛みと可動域制限を来したと考える。靭帯損傷が治癒した後も筋スパズムだけが残存した状態がこの臨床症状の病態であると考えられる。

 脳のプログラム異常Ⅱの具体例としては廃用性と過剰な力学的ストレスを考えている。
 まず廃用に関しては近年、動物実験でギプス固定による痛覚過敏とアロディニアが確認されている。一次求心性神経の活動増加および広作動域ニューロンの割合増加である。これが拘縮に伴う痛みの原因だと考えられている。拘縮組織の変化ではなく、神経系の変化である。ただしギプス固定という条件下で、生体は情報収集のために閾値を下げて感度を良くしたという正常な適応反応とも捉えられる。おそらくギプスを外せば徐々に閾値は上がり、元の感度に戻り痛みは軽減していくと臨床経験上予測している。
 次に過剰な力学的ストレスとしては柔道で投げられて背中を強打した場合(瞬間的過剰刺激)と、いきなり長距離を走った後に生じる筋肉痛(持続的過剰刺激)がある。走った後の筋肉痛は下肢の筋だけの問題と思われているが、実際は脊柱に加わった過剰な刺激でプログラム異常が生じ、二次的に下肢の筋スパズムを伴っている。だから脊柱のASA(関節覚刺激アプローチ)で下肢の筋スパズムを取れば筋肉痛の程度は半分以下にはなる。


 この脳のプログラム異常という仮説に基づくと臨床における様々な現象が納得できる。もちろんこれ以外にも拘縮や炎症という末梢レベルの異常も存在することがあるが、多くはこれで説明がつく。

脳のプログラム異常の原因

・ 疼痛(機械的・熱・化学物質による組織損傷や炎症など)
・ オーバーユース
・ 廃用
  ・ 拘縮によるROM制限
  ・ 感覚入力減少による過敏化
・ 不良姿勢、異常動作パターン
  ・系統発生学的機能低下
・ 脊柱の機能障害(Spine Dynamics理論)
  ・ 心理的ストレス
  ・ 内臓ストレス
  ・ 体力低下
・ 痛みの記憶
・ 心因性

 系統発生学的機能低下は有川医師が提唱している概念で、痛み、廃用、老化により姿勢や運動パターンがサル化する現象である。
 Spine Dynamics理論もまだ仮説ではあるが納得させられることが多い。(心と体のリハビリテーション研究会のホームページ参照)
 心因性と推測される患者はごくまれで、当院での経験上120~150人に一人ぐらいであると考えている。

治療法


 脳のプログラム異常の治療法については各種徒手療法(どれでもそれなりの効果がある)と局所麻酔薬やステロイドの注射(トリガーポイント、神経根に対し)である。この治療と原因に対する対策を行えば多くの患者さんの痛みは軽減していく(たとえ変形やアライメント異常がそのままであっても)。 症状が残存するときや再発を繰り返すときは筋スパズムが取りきれていない場合が多い。ただまれに構造異常を見落としている場合があるので、画像検査や生化学的データを追加することもあり、Drとの協業が大切である。

 筋スパズムの結果であるjoint playの減少や筋膜の硬さを、それぞれ関節モビライゼーション、筋膜リリースで治療しても筋スパズムが軽減してjoint playの減少や筋膜の硬さが改善する。筋スパズムに注目していないとjoint playの減少や筋膜の硬さが痛みの直接の原因であると錯覚をしてしまう。この錯覚が徒手療法の多様な病態仮説と多種の手技が生まれていった原因であると考えている。

(痛みと治療の論考集リンク)   
「治療錯覚」           
「運動器疾患の痛みの本体」    
「イエローフラッグの錯覚」    
「筋スパズムとトリガーポイント」 
「拘縮と癒着」          


補足:筋スパズムの改善度(脳のプログラム異常の改善度)の違いについて


 脳のプログラム異常は継続すると一種の運動学習になっていると考えている。治療しても筋スパズムがすぐに再発するのはその悪い運動パターン(筋スパズムを伴ったパターン)を学習しているためだと考える。だから正しいパターンを学習するのは若年者の方が早いということと同様に、治癒するのも若年者の方が早いと思われる。また慢性化した疼痛ではプログラム異常が強固になっているので新たな学習に時間がかかると考えている。逆に数日前に生じた筋スパズムはすぐに改善する。
 その他の要因として、運動制御機能の発達した高度な身体操作のできる人(高いレベルのスポーツ選手)はプログラムの修正も起きやすい。逆に円背姿勢の坐位、スウェーバックの立位をとり、中間位での筋活動の微調整ができない人は筋スパズムで脊柱を固める習慣がついているので、治療してもすぐ再発する。当然、筋スパズムを引き起こす構造的な病態がある場合、例えば外傷があるときは、いくら治療してもすぐに再発する。

 まとめると構造的病態がない場合は、若年で高度な身体操作ができて急性期の筋スパズムは治療期間が短く、高齢で運動習慣がなく慢性期の筋スパズムは治療期間が長くなる傾向がある。