20年ほど前より体幹のインナーマッスルが注目され、脊柱の分節的不安定性の評価とそれに対する安定化運動が腰痛の治療に組み入れられてきた。コアトレーニングやスタビライゼーションという言葉が広まっていったのも2000年頃からかと思う。2002年に出版された「脊椎の分節的安定性のための運動療法」(エンタプライズ)はその文献的裏付けと具体的なアプローチが記載されており、たいへん参考にさせてもらった。
しかし臨床でスタビライゼーションの課題ができるようになっても再発をする患者さんが時々おられる。またドローイン(腹横筋の活動)を意識した動作パターンは体幹を固めた滑らかさに欠けたパターンであり、本来の日常生活動作やスポーツ活動とは異なったものになっているのが気になっていた。あくまで回復までの途中段階での課題であると割り切って、継続してテキスト通りのスタビライゼーションを実施していた。
近年、このスタビライゼーションの有効性を検証する研究が増えてきて、システマティックレビューの論文も散見されるようになった。
2015.12.1検索実施
Pub Medにてキーワード「systematic review stabilization low back pain」で検索し過去10yearsで絞り込み、42論文ヒット、タイトルで6論文抽出
PEDroにてキーワード「stabilization low back pain」で検索し77件ヒット、systematic reviewは14件、タイトルで6論文抽出(1件Pub
Medと重複)
11論文を内容までチェックして4論文を紹介する。
脊柱と骨盤帯痛に対する特異的スタビライゼーション:システマティックレビュー
Specific stabilisation exercise for spinal and pelvic pain: A systematic
review
Ferreira PH, et al: Australian Journal of Physiotherapy 52: 79–88, 2006
• スタビライゼーションは頚性頭痛と頸部痛に対して治療しない群より有効だが、脊柱のマニピュレーションと同等の効果
• スタビライゼーションは骨盤帯痛に対してはマニピュレーションを含めた一般的理学療法より有効
• スタビライゼーションは急性腰痛に対しては医学的管理と同等の効果だが再発リスクは減らせる
• 慢性腰痛に対してはスタビライゼーション単独ではマニピュレーションや患者教育と同等で、総合医の診療よりは有効
• 慢性腰痛に対してはスタビライゼーションに患者教育や通常の理学療法
腰痛に対するスタビライゼーション:システマティックレビュー
Stabilisation exercises for low back pain: a systematic review
Stephen May, Ros Johnson: Physiotherapy 94, 179–189, 2008
• 急性腰痛に対するスタビライゼーションを支持するエビデンスは無かった。
• 慢性腰痛に対するスタビライゼーションを支持するエビデンスはいくつかあった。
• 高いレベルの研究ではスタビライゼーションの方が有意に改善する結果となっていた。
• しかし非活動的な対照群ではなく、活動的な対照群と比較するとスタビライゼーションの優位性は無くなる。
コアスタビライゼーションの処方,パート2:腰痛患者に対するモーターコントロ-ルと一般的な運動療法のシステマティックレビュー
Core stabilization exercise prescription, part 2:a systematic review of
motor control and general(global) exercise rehabilitation approaches for
patients with low back pain.
Brumitt J, et al: Sports Health 5(6):510-3,2013
• モーターコントロ-ルアプローチと一般的運動療法はともに亜急性期や慢性期の腰痛患者の痛みや活動制限を軽減させる。
• 多くのケースでモーターコントロ-ルアプローチを一般的運動療法と比較すると痛みや活動制限に有意な違いは無かった。ただし2つの研究で一般的運動療法の方が良い結果であった。
• 最新のエビデンスによるとローカルマッスルを選択的に促通すると主張する運動療法を処方する必要はないかもしれない。
最後に一番新しいシステマティックレビューを紹介する。
最新の腰痛へのスタビライゼーション:システマティックレビューとメタアナリシス
An update of stabilisation exercises for low back pain: a systematic review
with meta-analysis.
Smith et al. BMC Musculoskeletal Disorders, 2014
その他の介入との比較
• プラセボ物理療法
• 一般的な理学(物理)療法
• ペインマネージメント教育
• 脊柱マニピュレーション
• 段階的活動(認知行動療法)
他の運動療法との比較
• 一般的な運動療法
• 体幹筋力増強
• 体幹とハムストリングスのストレッチ
• 自転車エルゴメーター
• ウォーキング
• スリングエクササイズ
結果
• スタビライゼーションはその他の介入や何もしない対照群より痛みや活動制限に対して著しい利益がある。
• スタビライゼーションはその他の運動療法と比較すると痛みや活動制限に対して統計的、臨床的に有意な違いは無かった。
最後にこの論文のサマリーより
• Conclusion: There is strong evidence stabilisation exercises are not
more effective than any other form of active exercise in the long term.
The low levels of heterogeneity and large number of high methodological
quality of available studies, at long term follow-up, strengthen our current
findings, and further research is unlikely to considerably alter this conclusion.
• 結論:長期的にはスタビライゼーションは他のアクティブな運動療法より有効ではないという強いエビデンスがすでにある。不均一性が低く(意訳:均一性が高く)、多くの方法論的に質の高い入手できた研究より、長期のフォローアップで現在の結果は確かなものになった。これ以上研究してもこの結論が変わることはありえないだろう。
腰痛患者に対するスタビライゼーションの有効性に関しては早期から検証があり、その効果が証明されていたから世界的に広まったと考えられる。しかし実はその有効性は徒手療法を併用していた場合や、その他の活動的な運動療法を対照群にしていない場合に限ったものだったのである。
スタビライゼーションは一般的な医学的処置より有効かもしれないが、徒手療法や一般的なエクササイズより有効とは言えないのが結論である(注意:やっても無駄というわけではありません)。ドローインや四つ這いを中心としたスタビライゼーションは約20年間の流行で終わりそうである。
補足であるが腰痛患者のモーターコントロール障害の証明としてよく紹介されるものに腹横筋のプレアクティビティの遅延がある。健常者は急な肩挙上時に三角筋の活動より先に腹横筋が活動するのが、腰痛患者ではほぼ同じタイミングで活動するというものである。だから腹横筋を促通するためにドローインまず行ってから様々な運動課題を行うのがスタビライゼーションの一般的な方法になっている。
しかしおかしな点がいくつもある。
• 腹横筋の活動は肩の運動方向や速度や姿勢で変化する。三角筋の活動時に常時働いているわけではない。
• 腹横筋の実験は立位という不安定環境であり四つ這いという環境ではない。
• 腹横筋は無意識に働いているのであり、意識的に活動させているわけではない。(意識的に活動を続けると無意識に活動できるようになる論拠もない)
• トレーニングとして勧められる「日常生活で常にドローインを意識して」は実行不可能である。
• そもそも痛みによってモーターコントロールが障害されているのに、痛みを放置してモーターコントロールにアプローチしても改善するとは考えらない。(実際、腹横筋のプレアクティビティは改善しないという研究結果もでている)
【追記】
この論考を発表後、コクランレビューでモーターコントロール・エクササイズのシステマティックレビューが発表された。スタビライゼーション・エクササイズとモーターコントロール・エクササイズ(以下MCEと略す)はやや違いがある。今回紹介するコクランレビューではその違いを以下のように説明している。
「MCEは介入手順が複雑なので、よく運動学習の原則や機能的活動への段階的な進行を欠いている場合がある。そのためこの介入を特異的スタビライゼーション・エクササイズと呼ばれることが多い。」
つまりMCEは単純なスタビライゼーションとは違うので、正しく行えばもっと効果があるのではないかという考えである。
そこでこのシステマティックレビューではMCEだけを抽出し、その有効性を検討している。
急性非特異的腰痛に対するモーターコントロール・エクササイズ
Motor control exercise for acute non-specific low back pain
MacedoLG, et al
Cochrane Database of Systematic Reviews, 2016
⇒残念ながら急性期を対象としたこのレビューではMCEと特異的スタビライゼーション・エクササイズを厳密に分けられてはいない。おそらく文献数が少なすぎるからだと思われる。
【結論】
• 3つの規模の小さな研究で、違った比較が行われているので、急性腰痛症に対するMCEの効果に関して確実なことは言えない。
• 非常に低いから中等度の質の研究で、MCEは痛みやdisabilityの軽減において、脊柱のマニピュレーション、他の形態の運動療法以上の効果はない。
• MCEが腰痛の再発を予防するかどうかはまだ分からない。
慢性非特異的腰痛に対するモーターコントロール・エクササイズ
Motor control exercise for chronic non-specific low-back pain
Saragiotto BT, et al
Cochrane Database of Systematic Reviews, 2016
⇒このレビューではMCEと特異的スタビライゼーション・エクササイズを明確に分けている。
【結論】
• 非常に低いから中等度の質の研究で、MCEは慢性腰痛に対し最小限の介入より臨床的に重要な効果がある。
• 中等度から高い質の研究で、MCEは徒手療法と同様の結果をもたらす。
• 低いから中等度の質の研究で、MCEは他の形態の運動療法と同様の結果をもたらす。
このように腰痛に対する運動療法はスタビライゼーション・エクササイズもMCEも古典的な体幹の筋力増強も効果に違いは無いということである。インナーマッスルを意識することに特別の意味はない。またMCEを行っても腹横筋のプレアクティビティは改善しないとの報告も出ている。そもそも以前に「関節不安定性は腰痛の原因か?」で論考した通り、関節の機能的不安定性(モーターコントロールの障害)は腰痛が起きた結果、二次的に生じるものであり、腰痛を引き起こした原因ではないのだから当然のことである。
本質は早期から(痛みのない範囲で)積極的に運動することに意味があり、その運動内容の違いに意味は無いのである。その本質を理解していればMCEを行ってもいいのである。他の運動療法と差は無いのだから。