低負荷の腱板トレーニングが必須であるという錯覚


 理学療法の世界では権威のあるところ論文や有名な先生の考えが、十分な検証のないままに広まっていくことがある。一旦広まりだすと、それがまた引用されて拡大し、あたかも常識のようになってしまう。

 今回、論考するのは腱板トレーニングである。日本ではカフエクササイズとも呼ばれている。昭和大学藤が丘リハビリテーション病院で開発されたCuff-Y exercisesが日本で腱板トレーニングが広まったきっかけかと思う。

 

Google Scholarにて日本語論文の検索

キーワード:腱板トレーニング、腱板 治療、カフトレーニング、カフエクササイズ、Cuff-Y exercises
該当したのは筒井廣明ら昭和大学のグループのいくつかの発表のみであった。

「外転抵抗運動時痛 を有する症例 に対する運動療法の効果」
筒井廣明 他:肩関節22(2)323-326, 1998
・対象は肩 関節痛を主訴として当院整形外科を受診し,外転抵抗運動時痛を認め,運動療法を実施した602症例
・Cuff-Y ex.を肩関節に実施することにより3週間で治療効果が見られ,その後もCuff-Y ex.単独で疼痛の消失と可動域の80%以上(健側比)の改善が得られた症例は405例(67.3%)
・Cuff-Y ex.のみでは改善の得られなかった症例は197例(32.7%)

筒井らの論文に対する疑問
・対照群の無いコーホートスタディー
  ・自然治癒の要素を含んでいる
・この結果を追試した研究や類似の研究が日本語では一切ない
・臨床経験上、腱板トレーニングだけで60%以上の患者さんの痛みが消失するとは考えられない


Pub Medにて海外の論文を検索

キーワード:rotator cuff rehabilitation の検索結果24件、およびその関連論文から一部を抜粋する。

まず肩関節に対する運動療法一般(腱板トレーニングだけではない)とその他の介入とを比較した論文である。

肩峰下インピンジメント症候群に対する運動療法の効果:システマティックレビューとメタアナリシス
The Effectiveness of Physiotherapy Exercises in Subacromial Impingement Syndrome: A Systematic Review and Meta-Analysis
Catherine E. Hanratty, et al: Arthritis Rheum 2012 Dec 18;42(3):297-316.

運動療法の内容
• セラバンドによる腱板筋群と肩甲骨筋群の筋力増強
• ダンベルでの腱板筋群の筋力増強
• CKCでの肩甲骨安定化運動
• 重りを使わない腕立てなどの筋力増強
• ストレッチ
• Active ROM ex
• Passive ROM ex
• Active-assisted ex(スリングや棒の利用)

その他の介入
• 徒手療法
• 肩関節装具
• 物理療法
• プラセボ低周波
• ショックウェーブセラピー
• 関節鏡手術
• ステロイド注射
• 局所麻酔
• ナチュロパシー
• 非治療

結果:
・ 運動療法は短期での痛みの軽減は他の介入より有効とは言えない
・ 運動療法は短期での患者の主観的機能評価では他の介入より有効とは言えないが、長期ではやや有効である。
・ 運動療法は短期での肩の回旋筋力増強は他の介入より有効である
・ 運動療法はSF-36(複合メンタルヘルス機能)は他の介入より有効とは言えない

 

具体的なインピンジメント症候群に対する運動療法の効果

Effects of physiotherapy in patients with shoulder impingement syndrome: a systematic review of the literature
Thilo O. Kromer, et al, J Rehabil Med 2009より引用

肩のセンタリングトレーニングを含んだ理学療法vs等尺性筋力増強を含めたホームエクササイズ(Walther et al,2004)
・ 患者60名を20名ずつ3群に分けた
・ グループ1:上腕骨頭を正中化(センタリング)する腱板のトレーニングと必要に応じてモビライゼーションを行う理学療法群(週5回を12週間)
・ グループ2:セラバンドを用いて肩の外転、外旋、伸展、ローイング(引っ張る)等尺性筋力増強とストレッチからなるホームエクササイズ(配布物を利用した)群
・ グループ3:機能的装具をできるだけ長く着用するコントロール群
・ 結果は機能面も痛みも有意差なし。

肩のセンタリングトレーニングを含んだ理学療法vs等尺性筋力増強を含めたホームエクササイズ(Ginn & Cohen,2005)
・ 138名の患者を3群に分けて比較
・ グループ1(48名)は肩峰下の注射と抗炎症薬の服用
・ グループ2(48名)は毎日のホームエクササイズを5週間行う。初期評価を行い、個別のメニューを指導。内容は肩の動的な安定性と協調性の獲得を目的に、ストレッチ、筋力増強運動、肩甲上腕リズムの改善を目的にした協調性訓練で、毎週、再評価を行い進行する
・ グループ3(42名)は物理療法(低周波、超音波、アイスパック、ホットパック)と関節モビライゼーションを週2回と毎日の肩の全方向のセラバンドによる筋力増強運動を5週間
・ 結果は5週と12週のフォローアップで機能面も痛みも3群間で有意差なし

理学療法士の指導した運動療法vs理学療法士の指導した運動療法プラス徒手療法(Bang & Deyle, 2000)
・ 52名の患者を2群に分けて比較
・ グループ1(28名):3週間以内に6セッションの運動療法と徒手療法を行った。運動療法の内容は理学療法士の指導による肩の前後の筋群のストレッチと肩の屈曲、スキャプション、ローイング、水平外転、外旋、プッシュアップ、エルボープッシュを6段階のチューブによる抵抗運動。徒手療法は肩甲上腕関節、肩甲骨、胸椎、頸椎のモビライゼーション、肩からの頸部の筋のマッサージとストレッチ
・ グループ2(23名):上記の運動療法のみを実施
・ 結果は徒手療法を併用した方が痛みと機能が優位に回復

理学療法士の指導した運動療法vs手術(Brox,1993,1999)
・ 125名の患者を3群に分けて比較
・ グループ1:関節鏡視下での滑液包切除と術後の理学療法と運動療法
・ グループ2:プラセボレーザー
・ グループ3:理学療法士による運動療法の指導を週2回受け、他の日はホームエクササイズを3~6ヶ月実施した。指導の頻度は徐々に減らした。内容は肩の各方向の自動運動から始め、徐々に腱板筋と肩甲骨固定筋の抵抗運動へと進めた。また肩の解剖、エルゴノミクス、疼痛マネージメントの教育を3回実施した。
・ 6ヶ月および2.5年後のフォローアップで運動療法群が優位に改善
理学療法士の指導した運動療法vs手術(Haahr,2005,2006)
・ 84名の患者を対象にプラセボ群なしで、上記同様の比較を追試したがグループ間で有意差は見られなかった

まとめ(Thilo O. Kromer, et al, J Rehabil Med 2009のレビュー論文より)
・ 腱板トレーニングは抗炎症薬の注射や滑膜切除と同等の効果がある
・ 協調性を目的とした腱板トレーニングは徒手療法や一般的な筋力増強運動とストレッチの組み合わせと同等の効果がある
・ 腱板トレーニングは徒手療法と組み合わせた方が効果は高い
・ 腱板トレーニングは他の方法より優れているとは言えない

別のシステマティックレビューを紹介する。

腱板インピンジメントの治療における運動療法:システマティックレビューとその統合
Exercise in the treatment of rotator cuff impingement - A systematic review and a synthesized.
John E. Kuhn: J Shoulder Elbow Surg (2009) 18, 138-160

まとめ
・ 運動療法は痛みの軽減に有効な治療法である
・ ホームエクササイズは指導された運動療法と同じぐらい有効かもしれない
・ 運動療法は徒手療法を組み合わせることでより効果が上がるかもしれない
・ 肩峰切除と術後の運動療法は症状を軽減する
・ 装具の役割があるかも知れないが、この興味深いアプローチは更なる研究が必要である

ほぼ前論文と同様のまとめとなっている。


次に肩の不安定性に対する運動療法のシステマティックレビューを紹介する。

肩甲上腕関節の多方向不安定性に対する運動療法を基本にしたマネージメントの効果
The effect of exercise-based management for multidirectional instability of the glenohumeral joint, a systematic review
Sarah A. Warby,et al: J Shoulder Elbow Surg (2014) 23, 128-142

結果:
・ Impairment(肩甲上腕リズム、肩の回旋のピークトルク)の改善には有効である
・ 主観的な上肢機能は一部のスコアのみ有効であったが、多くは無効であり、手術に移行する人が多かった

 

海外での腱板トレーニングの効果まとめ

・ インピンジメント症候群に対して腱板トレーニングは抗炎症薬の注射や滑膜切除と同等の効果がある
・ 協調性を目的とした腱板トレーニングは徒手療法や一般的な筋力増強運動とストレッチの組み合わせより有効とは言えない(海外の報告では筋力に応じて負荷を増やしていくのが一般的)
・ 肩関節不安定性に対して腱板トレーニングは協調性や筋力には有効だが上肢機能には無効

⇒日本でよく行われている協調性を目的とした低負荷の腱板トレーニングは必須ではない

 

ではどんな腱板トレーニングが推奨されているか?

 まだ確立したものは無いが、一例としてスポーツ医学の領域で有名な書籍より概要を紹介する。
Peter Brukner, Karin Khan ed: Clinical Sports Medicine 4th, Mc Graw Hill Education, 2012
(第3版の訳本あり Peter Brukner, Karin Khan編集;籾山日出樹 他監訳:臨床スポーツ医学,医学映像教育センター,2009)

• 腱板筋群は個々ではなく統合ユニットとしてトレーニングすべき
• 腱板筋群は肩の機能では個別に働くことはない
• 腱板筋群の活動には肩甲骨を固定する筋の活動も必要
• 個々の腱板筋群の活動では肩甲上腕関節に剪断力が働いてしまう
• 初期の腱板筋群のトレーニングはCKCで行うべきである(後期でも弱い場合のみOKCでトレーニング)
• 効果的な進行はCKC⇒OKC、運動方向は水平⇒垂直⇒対角線、運動のスピードは遅い⇒早い

以上となっている。初期のOKCでのトレーニングでは臨床症状の改善はうまくいかないだろうと最初に述べている。もちろん疾患や機能障害の状態によってはトレーニングの選択は変わるかもしれないが、日本の腱板トレーニングとは異なっているのは明らかである。

一番の疑問点

 ここまでで腱板トレーニングの適応と有効性、日本と海外の違いがおおよそわかってきたかと思う。その上で一番の疑問点を考えたい。それはなぜ腱板筋群(インナーマッスル)だけが弱化するのかである。日常生活を行っているのに肩の一部の筋だけが廃用性に弱化することがありうるのか?僕はこの弱化の原因は筋スパズムだと考えている。その証明は腱板筋、特に棘下筋の筋スパズムを徒手療法で取れば、即座に筋力の改善が認められる。腱板トレーニングを行わなくても痛みも筋力も改善していく(もちろん1回の治療で完治するわけではないが)。長期に渡る痛みや活動制限があった場合には廃用性も伴うので腱板トレーニング(腱板だけではないが)の必要性もあるとは思う。
 一度みなさんもこの観点で肩の評価と治療を再検討してみてください。

 

インピンジメント症候群について

 今回の腱板トレーニングの論考ではインピンジメント症候群の論文を多く紹介しましたが、単に論文数が多く、RCTまで実施されていたからである。しかしこの症候群の名前自体に疑問を持っている。それは本当にインピンジメント(衝突)が起きているのか?何がインピンジメントにより挟み込まれるのか?

 最初にインピンジメント症候群を提唱したNeerは腱板と滑液包が挟み込まれると考えていたようである。だから進行すると腱板断裂が生じると述べている。しかしこの腱板損傷の外因説は後に否定されている。(森原徹:肩インピンジメント症候群の病態ー過去・現在ー,臨床スポーツ医学 30:403-407,2013)

 また近年、超音波診断の発展によりその病態の解明が進んで、以下のような報告もある。
・ 肩峰下滑液包炎の病態として超音波画像では滑膜の肥厚、滑膜増生、滑液の貯留が特徴的
・ 実際はこれらの画像上の異常所見を認めず、painful arc徴候、インピンジメント徴候、といった臨床所見のみが少なくない
(皆川洋至:肩インピンジメント症候群を理解するためのマクロ解剖と超音波解剖,臨床スポーツ医学 30:409-415,2013)

 このような情報からインピンジメント症候群は肩挙上時に有痛性可動域制限があり、画像所見をみると時々、肩峰下滑液包炎や腱板損傷が見つかった。だからこれらの組織に何らかの異常な外力が働いたため、こんな病態があるのではという仮説が立てられたように思う。それに対し僕は「インピンジメント症候群のほとんどは筋スパズムによるただの有痛性可動域制限で、時々その筋スパズムによる肩の協調性障害が上腕骨頭の上方変位を引き起こし、インピンジメントが生じることもある」と考えている。

 この検証は棘下筋のスパズムを徒手療法で取るとNeer Impingement Test(棘下筋の短縮痛)やHawins-Kennedy Test(棘下筋の伸張痛)は陰性になる。滑液包炎や腱板損傷が痛みの原因ならば治療直後に痛みの軽減はありえないことである。