関節不安定性は腰痛の原因か?


 以前論考したように腰痛患者にスタビライゼーションは必須ではない。そのスタビライゼーションの一番の適応であると言われる関節の不安定性はいったいどのような病態なのだろうか。私たちセラピストはDrと違い機能障害という言葉を使うと案外、「そんな病態がある」と納得してしまう。しかし不安定だとなぜ痛いのかを明確に記載してある文献が見当たらない。
 そこで今回はできるだけ定義まで遡って、関節不安定性の病態とその評価について論考してみる。

言葉の定義と分類


関節の不安定性は構造的不安定性と機能的不安定性に分類されていることが多い。

【構造的不安定性のコンセプト】
• The concept of structural LSI was first proposed by Knutsson, who advocated the assessment of LSI from the retrodisplacement (anterior-to-posterior translation) of lumbar vertebrae on lateral radiographs taken at end range spinal flexion and extension.
• 構造的腰椎不安定性のコンセプトはKnutssonのより提案された。彼は脊柱の屈曲と伸展の最終域でのX線側面像での腰椎の後転(前方から後方への変位)で評価することを提唱している。
(Alqarni et al. J Orthop Sports Phys Ther, 2011より引用)


【構造的不安定性の定義】
• A reasonable definition has been proposed by Pope & Panjabi and Frymoyer & Selby. By advocating a biomechanical approach, they defined instability as a loss of motion segment stiffness.
• 合理的な定義がPope & Panjabiと Frymoyer & Selbyらによって提案された。バイオメカニカルなアプローチからの提唱で、不安定性を運動分節の剛性の喪失と定義した。
(Leone et al, Radiology, 2007より引用)


【機能的不安定性の定義】
• White and Panjabi defined the related concept of “functional” lumbar instability as loss of the spine’s ability to maintain its pattern of displacement under normal physiological loads.
• Panjabi further described functional LSI in relation to the neutral and elastic zones of the functional spinal unit.
• White とPanjabiは“機能的”腰椎不安定性を正常な生理的負荷の元で変位のパターンを制御する脊柱機能の喪失と定義した。
• Panjabiは更に機能的腰椎不安定性を機能的脊柱ユニットのニュートラルゾーンとエラスティックゾーンに関連付けて述べている。
(Alqarni et al. J Orthop Sports Phys Ther, 2011より引用)


【不安定性 vs 過剰運動性】
不安定性;Instability 
“保護する筋群の制御が不十分な状況”での異常運動性
過剰運動性;Hyper‐mobility
“可動域は過剰であるが、可動性は筋で完全に制御できる状況”
(Maitland, 1986)

 

言葉の定義では実は病態や機能障害がはっきりしないので、分かりやすくするために新たな分類を試みた。

まずは骨運動学と関節運動学の観点からの分類である。
 これでエラスティックゾーンとニュートラルゾーンの異常が判別できる。


次は構造的不安定性と機能的不安定性の相互関係から見た分類である。
 ここから臨床的に問題とすべきは構造的不安定性の有無に関係なく機能的不安定性であることが理解できる。

 そして重要なポイントは機能的不安定性はモーターコントロール障害と同義ということである。

 

腰椎の構造的不安定性の評価

 腰椎の構造的不安定性は脊椎すべり症とほぼ同様の病態として扱われているようである。一般的な検査方法は図の通りである。


 セラピストが臨床で行う評価としてはROM、joint play、疼痛誘発検査が一般的である。ROMと疼痛誘発検査の信頼性はある程度あるが、joint play検査の信頼性は低いことが研究から分かっている。
 では検査の妥当性はどうであろうか。


腰椎のX線画像上の不安定性を予測する臨床的検査の信頼性
Accuracy of the clinical examination to predict radiographic instability of the lumbar spine
Julie M. Fritz, Sara R. Piva, John D. Childs, Eur Spine J (2005) 14: 743–750

• 対象は60歳以下の腰痛患者63名
• 前後屈時のX線写真より構造的不安定性の有無を判定
• 臨床的機能検査を各種実施し、有意差があった検査を抽出
• その検査の感度、特異度、陽性尤度比、陰性尤度比を算出

実施した検査項目は以下である。
Total flexion
Pelvic flexion
Lumbar flexion
Percent of total flexion from lumbar spine (%)
Total extension
Extension to flexion ratio
Average side-bending
Side-bending discrepancy
Average straight leg raise
Straight leg raise discrepancy
Physical impairment index
Aberrant motion during lumbar range of motion (% yes)
Beighton scale
Posterior shear test (% positive)
Prone instability test (% positive)
Lack of hypomobility present during intervertebral motion testing (% yes)
Any hypermobility present during intervertebral motion testing (% yes)
Any pain during intervertebral motion testing (% yes)


 多くの検査項目の妥当性を検証したところ、結果は表のようになった。これがセラピストによく使われるようになった元論文かと思う。


 その後のシステマティックレビューではPassive Lumbar Extension Testが最も妥当性のある検査だと分かった。


Alqarni et al, J Orthop Sports Phys Ther , 2011
Ferrari et al, Chiropractic & Manual Therapies, 2015



仙腸関節および体幹の構造的不安定性と機能的不安定性


【仙腸関節の構造的不安定性の評価】

 仙腸関節の構造的不安定性の評価として記載されてあるものは無く、仙腸関節の疼痛誘発検査のみ信頼性と妥当性の検証が行われている。各検査の検者間信頼性は0.6前後で低くはない。また検査を複合的に用いることで感度や特異度が高くなるという結果であった。
(Joshua Cleland 著, エビデンスに基づく整形外科徒手検査法,2007)


【仙腸関節の機能的不安定性の評価】

 仙腸関節のアライメントの静的触診と動的触診がこれに該当すると考えられる。仙腸関節の静的触診、動的触診とも信頼性は低い結果となっている。

仙腸関節の機能的不安定性と痛みとの関係性は以下の報告がある。
Sturesson らの報告(Spine, 2000)では片側性の仙腸関節痛患者のstanding hip flexion testでの関節の可動性を、X線立体測定法を用いて調査した結果、片側の骨盤帯痛の症状のある側と無い側で可動範囲の統計学的な差はみられなかった。
Hungerfordらの報告(Clin Biomech, 2004)では皮膚上のマーカーを3次元動作解析で調査した結果、痛みのない群では一貫して、非荷重側の寛骨が仙骨に対して後方回旋していて、その大きさは対照的であった。一方骨盤帯痛群では動きの大きさが非対称であった。
Dreyfussらの報告(Spine, 1994)では触診上、症状のない被験者の20%で仙腸関節の左右非対称な動きがみられた。

 研究により結果は一致していないが、一番信頼性の高いSturesson らのX線測定の結果から、ジレ検査は仙腸関節の不安定性の評価として妥当性がないと結論すべきかと考えられる。

【体幹の機能的不安定性の評価】

腰部と骨盤を複合して体幹の機能的不安定性の評価が報告されている。
• 筋のコルセット作用の検査(圧バイオフィードバック装置)
• 代償運動:脊柱運動、腹壁の膨隆の観察
• インナーマッスル活動の触診・超音波検査(腹横筋、多裂筋)
• 不安定課題;四つ這い、片脚立位、不安定板


機能的不安定性評価の問題点(腰部・骨盤・体幹をまとめて)


• 圧バイオフィードバック測定 ⇒時間がかかる、装置が必要
• インナーマッスル活動の触診・超音波検査 ⇒触診は信頼性が低い、超音波は機器が必要
• 不安定課題;四つ這い、片脚立位、不安定板 ⇒四つ這いは普段しない、判定基準がない
• Active SLR ⇒筋スパズムを取れば陰性になる
• P-Aテスト、疼痛誘発テスト ⇒筋スパズムを取れば陰性になる

 以上のように臨床的に行う範囲(機器を用いない評価)では信頼性や妥当性の問題があり、何を持って機能的不安定性があると判断するのかが明確になっていないのである。何よりもここに上げているように筋スパズムを治療で取り除けば、機能的不安定性および疼痛誘発検査が陰性になってしまう点が、今までの論文では取り上げられていない。(ぜひ皆さん、臨床で確認してください。)



最新の情報と総括


【運動制御の変化と腰痛:原因か結果か】

 機能的不安定性=運動制御の異常(モーターコントロール障害)と捉えることが一般的なようである。そのモーターコントロール障害に関する最新の書籍として下記が出版されている。

「PW Hodges 他編(渡邊裕之 監訳):スパイナル・コントロ-ル,NAP,2015」

その第18章から要点を抜粋し、コメントを付け加える。

• 疼痛により運動制御の異常が生じるが、状況や個人間で異なる多様性がある ⇒ドローインのような画一的なトレーニングは適さない
• 疼痛軽減後も運動制御の異常が残ることがある ⇒筋スパズムの確認がない
• 運動制御の異常により局所に反復か持続的ストレスが加わることで組織損傷や過可動性が生じる可能性 ⇒証明なし
• 運動制御の異常の原因は痛みか痛みに対する恐怖心 ⇒結局痛みが原因

私なりの解釈は痛みと筋スパズムが原因で運動制御の異常が結果であるということである。

【運動制御の異常と腰痛の関係を検証した最新のシステマティックレビュー】


腹横筋や腰部多裂筋のベースラインでの特性は非特異的腰痛の臨床結果を予測できるのか?
Do various baseline characteristics of transversus abdominis and lumbar multifidus predict clinical outcomes in nonspecific low back pain? A systematic review.
Wong AY, et al, Pain, 2013

• ベースラインでの腹横筋の筋厚の少ない者は通常の運動療法よりモーターコントロールエクササイズの効果が高かった
• ベースラインでの腹横筋のラテラルスライドが大きい者は運動療法の種類に関係なく、1年後のフォローで痛みが強かった
• ベースラインでの腹横筋の筋厚および側腹筋のプレアクティビティの異常は、運動療法を行った後の短期と長期の腰痛の強さを予測することはできなかった


保存的治療で腹横筋や腰部多裂筋の変化は非特異的腰痛の臨床結果の変化を説明できるのか?
Do Changes in Transversus Abdominis and Lumbar Multifidus During Conservative Treatment Explain Changes in Clinical Outcomes Related to Nonspecific Low Back Pain? A Systematic Review
Wong AY, et al, J Pain, 2014

• 運動課題時の腹横筋の一時的筋厚の変化と活動制限や痛みの強さとの関係
 • 3つの高い質の研究では相関は無かった
 • 1つの高い質の研究では弱い相関があった
• 腹横筋・腹斜筋のプレアクティビティの変化または筋の形態学的変化と活動制限や痛みの強さとの関係
 • 2つの質の高い研究と3つの質の低い研究で相関は無かった
• 運動課題時の多裂筋の一時的筋厚の変化と活動制限や痛みの強さとの関係
 • 1つの高い質の研究では筋厚の増加はODIの改善の7%を説明できる
 • 1つの低い質の研究では相関は無かった
• 多裂筋の一時的形態学的変化と活動制限や痛みの強さとの関係
 • 1つの質の高い研究では多裂筋の断面積の非対称性は活動制限や痛みの強さと相関は無かった
 • 1つの質の高い研究では多裂筋の断面積の非対称性は活動制限と相関があった

「まとめ」
腹横筋や腰部多裂筋の変化と非特異的腰痛の臨床結果の変化には相関が有るという報告もあるが、無いという報告の方が多かった。



 これまで機能的不安定性について論考を行ってきたが、構造的不安定性についての情報を補足する。

腰椎変性すべり症の診断と保存療法
Diagnosis and conservative management of degenerative lumbar spondylolisthesis
Kalichman L, Hunter DJ, Eur Spine J 17:327-335, 2008

重要な点のみ抜粋した。
• 自然経過として椎間孔の狭小化が進行しても腰痛は改善する
• すべり症の進行と臨床症状の変化は相関しない
• 神経症状を伴う場合は改善する確率は低い
• 保存的にスタビライゼーションを行うと筋機能は改善するが、X線画像での不安定性は変化しない

 特に注意してほしいのは腰椎変性すべり症の26%は脊柱管狭窄症に進行するということである。すべり症が軽度でも、神経症状があれば悪化していく可能性もある。痛みの改善ばかりに注目していると大きな失敗をするリスクがある。



 最初にモーターコントロ-ル障害のモデルを発表したPanjabiがそれまでの研究結果を踏まえて慢性腰痛の原因仮説を発表した。

慢性腰痛の仮説
A hypothesis of chronic back pain: ligament subfailure injuries lead to muscle control dysfunction. M. M. Panjabi, Eur Spine J (2006)

 仮説では根本原因にメカノレセプターの不全損傷subfailure injury(この訳語が適切かわかりません)という新しい病態を提案し、更に結局は炎症が慢性腰痛の直接原因と述べている。おそらく研究で明確になったのは痛みがモーターコントロール障害を引き起こすという事実で、その痛みの原因を明確にするために不全損傷subfailure injuryという今までの病理学に存在しないものを提案したと思われる。
 まず慢性腰痛に炎症が存在するということは一般的ではない。明確な組織損傷や炎症が確認できたら非特異的腰痛症や慢性腰痛症ではなく明確な診断名がつけられる。また何よりもモーターコントロール障害が組織損傷や痛みを引き起こすということは、今までの論考で取り上げたように証明されていない。
 よって、この仮説は到底受け入れられるものではない。


【総括】

• 構造的不安定性の評価は腰椎のjoint playがhypoでなく、腰椎の屈曲ROMが53°以上の2条件がそろうか、Passive Lumbar Extension Test陽性
 •前後屈時のX線写真が判定基準(5㎜以上の偏位;すべり症)
• 機能的不安定性の評価は信頼性、妥当性、判定基準に問題がある
• 機能的不安定性の原因は痛みである
• 機能的不安定性が痛みを引き起こす証明はない
 ⇒ ニュートラルゾーンでいくら関節が動揺しても最大屈曲や伸展以上に周囲組織にストレスがかかるとは考えられない
• 構造的不安定性と臨床症状は関係ない
• 構造的不安定性は脊柱管狭窄症のリスク要因であり、対策が必要である

 構造的不安定性に何らかの病態が加わったときのみ痛みが生じると考えると納得できるのではないだろうか。病態とは筋スパズム、組織損傷・炎症、感染、腫瘍などである。


 今回の論考は言葉の概念、定義と使い方、病態と検査が一致せず、何が何を捉えているのかわからなくことが多々あった。「モーターコントロ-ル障害」、「インナーマッスルの活動不全」、「関節の機能的不安定性」は同じ状態を違った観点から表現しているだけだと考えているが、その点を明確にした論文は見つからなかった。その点も含めまだまだ不十分な論考であるが、皆さんの理解の一助になればと思い発表した。