中学生のピッチャーが肘を痛めて来院。投球フォームでは肘下がりが明らかにあり、これが肘の外反ストレスを強めて野球肘を発症したと考えていた。徒手療法で手根屈筋の筋スパズムの軽減をし、投球後の前腕ストレッチ、そしてトレーナーによる投球フォームの指導を行なった。野球の練習は続けたまま週1回の通院で、3週間ほどで肘の痛みはおさまった。しかしその時点でも肘下がりのフォームはまだ治っていなかった。
このような事例が時々あったので、不思議だなあと心の片隅に引っかかっていた。でもどう考えてもこれは矛盾した事実である。力学的ストレスの量は減っていないのに、そのストレスによって生じたと考えられる痛みが無くなったわけであるから。
そこで投球フォームの異常と投球障害の関係について文献を探してみた。
肩のリハビリテーションの科学的基礎 (Sports Physical Therapy Seminar Series),福林 徹,蒲田 和芳 (監修),NAP,2009;第4章 投球障害肩
スポーツにおける肘関節疾患のメカニズムとリハビリテーション(Sports Physical Therapy Seminar Series),福林
徹,蒲田 和芳 (監修),NAP,2011;第2章 野球肘
これら本では多くの英語論文を元に原因がまとめてあった。しかし全て投球障害を起こした患者の様々な機能障害や力学的ストレスのメカニズムを調べたものばかりで、関係しているのは分かってもその機能障害が原因であったとは言えない。(相関関係と因果関係の違いはよく錯覚される)
この問題点を踏まえて石井先生がprospective(前方視的)研究に取り組まれた。
石井壮朗 他:投球障害肩の発症予測システムの開発 ロジスティック回帰分析を用いて,体力科学59:389-394, 2010
対象と方法
• 被験者は大学硬式野球部69名で,ポジションの内訳は投手15名、捕手7名,内野手25名,外野手22名
• オフシーズンにメディカルチェックを実施
• 1年間で投球障害肩の発症の有無で2群比較
• ロジスティック回帰分析でオッズを計算
メディカルチェックの項目
・ 問診
① 身長・体重・ ・除脂肪体重
② 投手経験年数・投球障害肩の既往歴・ポジション
③ 平均一日投球数・平均月間練習日数・平均年間練習月数・野球経験年数
・ 理学所見
① 仰臥位・肩関節90度外転位における内旋可動域・外旋可動域
② Horizontal flexion test
③ 両肩内外旋筋力(マイクロFET)
④ 肩甲上腕リズム(両肩外転時の肩甲骨左右差)
⑤ 踵殿距離・SLR角度・股関節内旋可動域
(この論文には記載されていないが実際はフォームチェックも含めて100項目以上調査)
結果は投球障害肩の発症の原因として重要な順で上げると以下のようになる。
• ピッチャーかキャッチャー(投球数の多さ)
• 投球障害既往歴
• 肩甲上腕リズム左右差の有無
• 踵殿部距離左右差の有無
• 肩回旋筋力
• 踵殿部距離
投球フォームの異常は投球障害肩の原因にはなっていなかった。
次にknee-in、toe-outの悪いフォームが原因と言われているシンスプリントのリスク要因について調べてみまた。
pub medでキーワード:risk factors medial tibial stress syndromeで検索すると35件ヒットした。その中にシステマティックレビューが2件あったのでそれを紹介する。
下肢のオーバーユース傷害のリスクファクターとしての足部アライメント
Foot posture as a risk factor for lower limb overuse injury: a systematic
review and meta-analysis
Neal et al. Journal of Foot and Ankle Research 2014, 7:55
回内足の量的評価としてはNavicular drop、FPI-8、安静時踵骨傾斜と3種類あり。一番データの多いNavicular dropの結果ではかろうじて回内足とシンスプリントの発症が関係あり。3種類の評価法をすべて合わせて、わずかに回内足がリスクとなりうるという結果であった。
回内足の質的評価としてはnavicular dropの高さの差が10㎜以上か以下かの判定基準で、回内足であるか・ないかの判断をする指標がある。これでは回内足がシンスプリントのリスクにならないという結果であった。
その他に膝蓋大腿関節痛、足部傷害、非特異的下肢のオーバーユース障害に関してもリスク要因として回内足は関係しているとは言えないという結果であった。
ランナーのシンスプリントのリスク要因
Risk factors associated with medial tibial stress syndrome in runners:
a systematic review and meta-analysis
Newman P, et al : Open Access Journal of Sports Medicine 2013:4, 229–241
• 回内足(navicular dropの大きさ)はシンスプリントの原因としてわずかに関係していると言える
• 回内足(navicular drop 10㎜以上)は1.99倍、シンスプリントになりやすい
となっていた。ただBennett et al., 2012のデータだけ明らかに回内足とシンスプリントが関係しており、シンスプリントの発症率も他の報告より大きい。これはもしかすると、この研究の対象であったクロスカントリーの競技特性が影響している可能性がある。この研究を除外すれば回内足とシンスプリントは関係しているとは言えない。
その他のシンスプリントのリスク要因では以下のものがあった。
• 足挿板を使用している選手は2.31倍、シンスプリントになりやすい
• BMIの大きさはシンスプリントの原因としてわずかに関係していると言える
• ランニング経験の少なさはシンスプリントの原因として中等度関係していると言える
• シンスプリントの既往歴は3.74倍、シンスプリントになりやすい
• 女性選手は男性より1.71倍、シンスプリントになりやすい
• シンスプリントの原因として股関節外旋可動域の大きさは中等度関係していると言える
日本語の論文では1件のみprospective(前方視的)研究があった。
高校男子サッカー選手のシンスプリントに関わる下腿・足部の発生因子
伊藤浩充 他:神大保健紀要 21:1-10,2005
• 74名のサッカー部部員を対象に4月に測定し、9か月間の発症状況を元に比較
• 発症者は足関節背屈角度が小さく、ジャンプ負荷後の腓腹筋筋硬度が高く(特に内側)、足の第2趾が第1趾より長かった
• 下肢アライメントや足部アーチの高さに有意な関連性は無かった
以上、シンスプリントのリスク要因を調べたところ、足のアーチの低下(回内足)はわずかに関係している程度で、主要な因子ではなかったのである。
今までknee-inの悪いフォームがアーチを低下させ、後脛骨筋に過剰なストレスが加わり、それが脛骨の骨膜を引っ張りシンスプリントが発症すると思い込んでいた。しかしこれまでのデータを見るとそれが単なる思い込みであったことが分かった。
悪いフォームが局所に過剰なストレスを加えるのは力学的には間違ってはいないが、生体には適応能力がある。骨は密度が高まり、筋は肥大し、靭帯は肥厚する。しかし我々は適応を忘れて過剰なストレス=組織損傷と考えてしまう。習慣的に悪いフォームで投げたり走ったりしている選手は大半が適応しているのである。スポーツ障害は悪いフォーム以外の要因で起きているということが研究結果である。
この結果からスポーツ障害の予防のためにフォームを修正することはあまり意味がないのかもしれない。しかしパフォーマンスアップ(投球では速い球を投げる)ためには良いフォームが必要だとは思う。ただ、良いフォームを規定することは非常に難しいことである。メジャーリーグで活躍した野茂投手の投球フォームを最初から良いフォームだと評価した専門家がどれぐらいいただろうか。
矛盾を感じて文献調査をしてみたが自分の常識が覆されてしまった。変形性膝関節や腰痛ではアライメント異常が痛みの発生と関係していないことは薄々予測していたが、スポーツ障害までアライメントと(全くではないけれど)関係していないとは予想外であった。