臨床で確認すると骨盤のアライメントは殆どの方がニュートラルではないと実感しているが、それが本当かどうか論文で確認してみた。また骨盤のゆがみ(英語論文の専門用語では非対称性がよく使われるようである)と腰痛が本当に関係があるのかも同時に調べることにした。
Pub Med にてpelvic, asymmetry, low back pain のキーワード検索(2015.4.15日実施)で31論文がヒット。タイトルおよび抄録から該当すると判断したのは以下3論文であった。
・ Pelvic bone asymmetry in 323 study participants receiving abdominal CT
scans.
Badii M1, et al: Spine. 2003 Jun 15;28(12):1335-9.
・ The association between static pelvic asymmetry and low back pain.
Levangie PK: Spine. 1999 Jun 15;24(12):1234-42.
・ The prevalence of postural asymmetry in people with and without chronic
low back pain.
Fann AV: Arch Phys Med Rehabil. 2002 Dec;83(12):1736-8.
腹部のCTを撮影した323名の研究参加者の骨盤の非対称性
Pelvic bone asymmetry in 323 study participants receiving abdominal CT
scans.
Badii M1,et al: Spine. 2003 Jun 15;28(12):1335-9.
腰痛の有無に関係なく骨盤の非対称性の出現率を調べた論文である。
323名のCT画像を元に腸骨稜から寛骨臼の距離を計測:Fig 2 右[3]-左[6]を計算
【結果】
・ 323名中56名(17.3%)が骨盤が対称的であった。
・ 323名中267名(82.7%)が1㎜以上の非対称性で、その内172名(53.3%)は右が短く、95名(29.4%)は左が短かった。つまり右の骨盤の前方回旋(左の後方回旋)が多かった。
・ 5mm以上の非対称性は17名(5.3%)で10mm以上は2名(0.6%)であった。
【考察】
立体を二次元に投射して計測しているので骨盤の対称性を正確に捉えるのには限界がある。
いくつかの研究で確認できているのは、脚長差は右が短い人は左の短い人の3倍いるということである。今回の研究では下肢長を測定できていないが、これが骨盤の非対称性と関係していると考えられる。
(グラフを見て思うのは身長の分布を表す正規分布のようである。遺伝子による個人の特性ではないだろうか。)
静的骨盤の非対称性と腰痛の関係
The association between static pelvic asymmetry and low back pain.
Levangie PK: Spine. 1999 Jun 15;24(12):1234-42.
対象は21-50歳の理学療法を受診に来た方で、椎間板性と1年以上の病歴のある方を除外した非外傷性の腰痛患者。対照群は明らかな頸部から腰部の異常と関係ない上肢の問題で理学療法を受診に来た方で、過去1年間に腰痛の既往がない患者。
触診でASIS、PSIS、腸骨稜を確認して図の器具で高さを計測(坐位と立位)
骨盤の非対称性の計算式
(右PSIS-右ASIS)-(左PSIS-左ASIS)
骨盤の非対称性を4段階に分類
Minimal(計算値0≦4mm)Moderate(5-9mm)High(10-15mm)Highest(>15mm)
Minimal群を基準として非対称性が高いと腰痛の発生率が増えるかどうかをオッズ比(OR:odds ratio)で算出した。オッズ比が1.0以上なら腰痛の発生率が高くなるという意味なので、骨盤の非対称性と腰痛は関係があると言える。
【結果】
非対称性が大きくなってもオッズ比は1.0以下で、関係があるとは言えなかった(Table 3)。
(ちょっと行間を読んだ説明であるが)なんとか関係性のあるところを探そうと調べた結果、立位のPSIS非対称性のみオッズ比が1.0以上になっていることが見つかった。しかし非対称性が高くなるほどオッズ比が下がるという矛盾を含んでいる(Table
4)。
結論は「静的骨盤の非対称性と腰痛は関係がない」ということであった。
慢性腰痛の有無による姿勢の非対称性の出現率
The prevalence of postural asymmetry in people with and without chronic
low back pain.
Fann AV: Arch Phys Med Rehabil. 2002 Dec;83(12):1736-8.
3か月以上の慢性腰痛患者(20歳以上で先天的奇形や下肢・脊柱の外傷や術歴のない者)93名と年齢と性別をマッチさせた健常者78名の比較を行った。
X線写真で形態を計測した。前額面での非対称性は骨盤傾斜Pelvic Obliquityを仙骨の溝間線intersulcate line(仙骨翼と仙骨柱か関節突起の間を結ぶ線)と水平線のなす角度として測定(Fig1)。矢状面では側方仙骨角Lateral
Sacral Angle(仙骨底と水平線のなす角度)を測定した(Fig2)。
結果はTable 2のとおり骨盤傾斜と側方仙骨角とも腰痛群と健常群で有意差はなかった。
Table 3ではさらに詳しく傾斜の程度を分類して比較しても、その分布状況にも違いがなかった。
総括
3論文のまとめ
・ 健常者もほとんどの人の骨盤は歪んでいる(非対称的である)
・ 腰痛患者の骨盤の歪みが健常者より大きいとは言えない
ではこの結論から骨盤の歪みと腰痛は全く関係がないのかというと、僕は「時々関係がある場合もある」と考えている。
腰痛と骨盤の非対称性を調べた2論文の筆者、そして臨床家の多くは骨盤の非対称性を評価してそれを修正するアプローチで腰痛の軽減を数多く体験していると思う。僕もある。だから骨盤の歪みが腰痛を引き起こしていたと考えていたのである。しかしこれが「治療錯覚」なのである。
この腰痛がなくなった患者さんを後日、再評価すると腰痛は再発してなくても骨盤の非対称性は多くの場合、再発する。時々対称的になる場合があるということである。つまり骨盤の非対称性は病態(機能障害)ではなく、ただ骨盤に対する機械的刺激が「脳のプログラム異常」(僕の仮説)を修正し、筋スパズムがなくなり、そして痛みがなくなっただけだということである。筋スパズムが骨盤の非対称性を作っていた場合には治療後も対称性が継続すると考えている。
総括を行ってから他に文献は無いか、更に調べるためPub Med にてpelvicをspineに変更し, asymmetry, low back
pain のキーワード検索(2015.5.29日実施)で76論文がヒット。タイトルおよび抄録から1論文のみ該当。この論文がすごかった。
10代の姿勢の非対称性とその後の腰痛や頸部痛との間に関係があるかどうかの疫学調査
An epidemiologic study of the relationship between postural asymmetry in
the teen years and subsequent back and neck pain.
Dieck GS, et al: Spine. 1985 Dec;10(10):872-7.
今までの論文が横断研究であり、腰痛と姿勢の関係でも姿勢が原因で腰痛になったのか、逆に腰痛が原因で姿勢が悪くなったのか因果関係が分からない。そこで姿勢が悪いと腰痛などの発症率が高くなるかどうかを縦断研究で調査を行っている。
【対象】とある女子大学に1957、1958、1959年に入学した新入生。入学時に(1)背面からの姿勢の写真(2)体育科の教職員による主観的な姿勢の評価を行った。そして1981年(約23年後)郵送で腰痛や頸部痛を経験したかどうか調査した。1948名の卒業生のうち住所が分かった1713名に郵送し903名(52.7%)から返送があった。
【結果】
① 姿勢写真の分析と腰痛の発症率:肩の高さ、腰の高さ、正中線のずれのいずれも腰痛の発症率と関係がなかった。Table3
② 体育科の教職員による主観的な姿勢の評価と腰痛の発症率:肩の高さ、股関節の高さのいずれも腰痛の発症率と関係がなかった。Table4
③ 体育科の教職員による主観的な姿勢の評価と腰痛、背部痛、頸部痛の発症率:側弯の有無、亀背の程度、腰椎前弯の程度、骨盤の前傾の程度のいずれも各部の痛みの発症率と関係がなかった。Table6
このような長期的な変化を確認する研究が行われたこと自体に感動した。(データの保管体制なども含め)
結論はもう明らかである。姿勢異常(アライメントの異常)は痛みの発生とはほとんど関係がない。またゆがんでいるのが標準ならアライメントを評価しても、それが異常かどうかの判断もできない。
ただし習慣的な不良姿勢(円背や片肘をついた坐位など)はストレスが局所に集中するので、椎間板ヘルニアや筋スパズムを起こすリスクは高くなると考えられる。
さらに裏付けとなる論文が見つかったので追加する。