筋力増強運動はなぜ膝OAの症状を軽減するのか?

 筋力が弱くても関節へのストレスが大きくなるわけではないが、筋力増強運動が変形性膝関節症の症状を改善するということは事実なので、その詳細を確認することで、そのメカニズムに踏み込みたいと思う。


内側膝OA患者では膝の異常アライメントは膝の内反モーメント、疼痛、機能に対する四頭筋の筋力増強の効果に関係するのか?
Does Knee Malalignment Mediate the Effects of Quadriceps Strengthening on Knee Adduction Moment, Pain, and Function in Medial Knee Osteoarthritis? A Randomized Controlled Trial
Boon-Whatt Lim, et al, Arthritis & Rheumatism Vol. 59, No. 7, July 15, 2008, pp 943–951

【対象】
内側膝OA患者をより大きな内反群(≧5°)とよりニュートラル群(<5°)に分類し、それぞれを筋力増強群と対照群に分けた
【介入】
大腿四頭筋の筋力増強はアンクルウェイトやセラバンドを用いて週5日、12週間実施、対照群は非介入
【アウトカム】
膝内反モーメント、WOMAC、ステップテスト、段差昇降テスト、四頭筋の等尺性筋力
【結果】
• 四頭筋の筋力は有意に増加したが膝内反モーメントは減らなかった
• 筋力と膝内反モーメントの変化にアライメントの影響はなかった
• 痛みの軽減は有意差があったが機能では改善傾向のみであった
• 痛みの軽減は内反群よりニュートラル群の方がみられた


 膝内反モーメントに大腿四頭筋が関係しないことは明らかになったので、近年では中殿筋が注目されている。その最新のシステマティックレビューを紹介する。

変形性膝関節症のある患者は股関節の筋力が低下する
Hip Strength Deficits in People With Symptomatic Knee Osteoarthritis: A Systematic Review With Meta-analysis
J Orthop Sports Phys Ther 2016;46(8):629-639. Epub 3 Jul 2016

等尺性筋力では外転筋は低下しているが、内転筋は不変である。
等速性筋力では全ての方向で筋力が低下している。


 中殿筋の筋力低下と膝内反モーメントはどのように関係しているのか、その仮説を紹介すると共に反論もしたい。

 中殿筋の筋力が低下すると遊脚側の骨盤が落下する。すると遊脚側に重心が変位し、立脚側の膝関節の内側への負荷量が増す(詳しく言うと内側のモーメントアームが長くなる)。
図にあるようにトレンデレンブルグ徴候を説明するのに遊脚側に体が傾いた絵が用いられることがあるが、これは現実にはほとんどない。写真で表しているように遊脚側に体が傾いた状態は保持不可能である。極端に短い立脚相ならこのような歩行もできるかもしれないが、普通のOA患者では見たことがない現象である。トレンデレンブルグでもドゥシャンヌでも体幹は中間位から立脚側に傾斜するのが普通である。
 身体重心点の簡易推定の方法(久保裕子ら2006)を用いて、トレンデレンブルグ時の重心の位置を推定してみると内反モーメントは大きくならないことがわかる。
 結局、中殿筋の筋力低下があり、トレンデレンブルグ徴候が生じても膝内反モーメントは増えない。

 

 理論的に否定した中殿筋の筋力と膝内反モーメントが関係しないことを証明する論文を紹介する。

膝OA患者における股外転筋力ホームプログラムの膝関節負荷、筋力、機能、痛みへの効果
Effect of a Home Program of Hip Abductor Exercises on Knee Joint Loading, Strength, Function, and Pain in People With Knee Osteoarthritis: A Clinical Trial
Elizabeth A. et al, Phys Ther.2010;90:895–904

【対象と方法】
OA患者40名と健常者40名に弾性バンドを用いた筋力増強運動3種類を3~4回/週、8週間実施
【評価項目】
中殿筋筋力、膝内反モーメント、5回反復起立時間、高齢者活動スコア、WOMAC
【結果】
• 中殿筋の筋力、5回反復起立時間、WOMAC painが有意に改善
• 膝の内反モーメントの最大値は不変
• 膝内反モーメントの波形も不変

膝内反モーメントは減っていないが、なぜか痛みの軽減や身体機能の向上が見られている。


 同様に中殿筋の筋力と膝内反モーメントが関係しないことを証明する論文を紹介する。

内反変形のある内側膝OA患者では股関節筋力増強は症状を軽減するが膝への負荷は減らせない
Hip strengthening reduces symptoms but not knee load in people with medial knee osteoarthritis and varus malalignment: a randomised controlled trial
K.L. Bennell, et al, Osteoarthritis and Cartilage 18 (2010) 621-628

【対象と方法】
• 89名のOA患者を無作為に治療群と対照群に分けた
• 治療群は股関節内・外転の筋力増強をアンクルウェイトやセラバンドを用いて週5日、12週間実施
• 対照群は非介入
【評価項目】
膝内反モーメント、疼痛NRS、WOMAC、ステップテスト、段差昇降テスト、股関節と大腿四頭筋の筋力

【結果】
• 膝関節、股関節の内反モーメントは減らなかったが、痛みや機能面は有意に改善
• 筋力は股関節だけでなく膝の伸展まで改善

この研究結果も前回と同様であったが、興味深いのは股関節内外転の筋力増強運動しかしていないのに、膝伸展の筋力が増えている点である。ここにこのOA症状の改善のメカニズムを説明するヒントがあるように思う。


 筋トレが膝内反モーメントを軽減できるのか、最新のシステマティックレビューである。

膝OA患者における膝内反モーメントに対する運動療法の効果
The effect of exercise therapy on knee adduction moment in individuals with knee osteoarthritis: A systematic review
Giovanni E. Ferreira, et al, Clinical Biomechanics 30 (2015) 521–527

• 3論文が該当
• 3件とも筋力増強、疼痛軽減が有意にみられ、内2件が運動機能面でも有意に改善
• しかし3件とも膝の内反モーメントは軽減しなかった


 

 次によく引用されている変形性関節症に対する運動療法の効果を証明した論文である。

変形性膝・股関節症に対する運動療法の効果
The Effectiveness of Exercise Therapy in Patients with Osteoarthritis of the Hip or Knee; A Randomized Clinical Trial
Van Baar, et al: J Rheumatol, 1998;25:2432-9

【対象】201名の変形性膝・股関節症
【方法】
• コントロール群:総合医による患者教育と必要に応じて投薬
• 運動療法群:上記+プロトコールに従ったPTによる個別の運動療法
<運動療法の内容>
• 筋力トレーニング、ストレッチ、協調性練習、起居移動動作練習を個人の機能に応じて実施
• 週に1~3回を12週間
【効果判定】
• ここ1週間のVAS(0~100㎜)
• NSAIDsの使用量
• 観察したDisability(運動課題の時間計測;歩行、着座、寝転ぶ、と監視レベル、硬直レベルの5項目をスコア化し0~1.00に換算)
【結果】
• 痛みが中等度、Disabilityが軽度改善
• 痛みの改善はVASで46.9⇒22.1

 

変形性膝・股関節症に対する運動療法の持続効果
Effectiveness of exercise in patients with osteoarthritis of hip or knee: nine months’ follow up
Van Baar, et al: Ann Rheum Dis 2001;60:1123–1130

 前回の12週間の治療後、24週と36週でのフォローアップの結果は痛みもDisabilityも急激に悪化していった。

 

 以上2論文より、筋力が増え、アライメントの改善や下肢への衝撃吸収能力が高まったなら効果はもっと持続するはずではないだろうか?


 興味深い結果が見られた日本語の論文である。

清水直史 他:伸脚下肢挙上訓練による変形性膝関節症の治療,整形外科 42:646-654,1991

【対象と方法】
① 訓練群 非負荷群 20名22膝
② 訓練群 負荷群 21名22膝
③ 対照群  18名22膝
• 訓練群はSLR10㎝挙上し5秒保持を20回を1セットとし、1日2セット
• 負荷群は足関節近位に500g~2kgまで負荷を徐々に増やしていく
• 対照群はインドメタシンの外用薬のみ
• 3か月実施し日整会OA膝総合評価点と等尺性最大筋力トルクをサイベックスで測定
【結果】
• 日整会OA膝総合評価点と等尺性最大筋力トルクとも3カ月後に有意に改善した。
• 日整会評価点は負荷群、非負荷群とも1カ月後より有意に改善したが、筋力は1カ月後は改善無く3カ月後に有意に改善が見られた。

 SLR開始⇒臨床症状の改善⇒筋力増加の順であり、論文ではバイオメカニズム的作用より循環や代謝の変化が関与と考察していた。
 この研究結果は痛みの軽減が先で筋力増加が後、つまり痛みの軽減により筋力が増えることを証明しているのではないだろうか。

 

 次に日本語のレビュー論文を紹介する。

変形性膝関節症に対する筋力トレーニングのあり方
木藤伸宏 他:理学療法30:999-1009,2013
【要旨】
• 膝OA患者の大腿四頭筋筋力低下の要因は疼痛・関節水腫・γループの障害による関節原生筋抑制が大きい
• 大腿四頭筋の筋力が強い、もしくは筋力トレーニングとOAの発症リスクは関係ない
• 大腿四頭筋を含め、下肢の筋力トレーニングは膝内転モーメントを減らさない
• 下肢の筋力トレーニングは短期的には疼痛および身体機能を一部改善させるが長期的効果は不明


 ここまでの論文から考えられることは、筋力低下は力学的ストレスには関係なく、痛みも引き起こさないということである。そして非常識な考え方かもしれないが、痛みが先にあり、その痛みを避けるために筋力低下や動的運動パターンの異常が引き起こされたと捉えたほうが臨床的事実を説明するには納得できるのではないだろうか。
 そして運動療法の効果は機械的刺激による疼痛抑制が生じていると考えれば、その短期的効果も説明がつく。筋力増強運動、ストレッチ、非固定性テーピング、足挿板、簡易な膝装具など全てこれに該当するのではないだろうか。最近注目されている運動連鎖を考慮した動的アライメント改善の運動療法も同様である。以前報告したように変形やアライメント異常は痛みとは関係ないこともこの非常識な仮説の背景になっている。

そろそろパラダイムの転換が必要である。


Exercise-Induced Hypoalgesia(EIH)という生理現象



EIHは翻訳すると運動誘発性感覚鈍麻(正式訳語なし)となる。近年、慢性疼痛への運動療法のメカニズムとして注目されている。

EIH効果のメタアナリシス・レビュー
A meta-analytic review of the hypoalgesic effects of exercise
Kelly M. Naugle, et al, J Pain. 2012, 1139–1150.

健常者および慢性疼痛患者への有酸素運動、等尺性運動、動的抵抗運動による疼痛抑制効果を検証

【結果】一覧は下表参照

<健常者への各種運動>
• 疼痛抑制は等尺性運動が最も大きく、有酸素運動と動的抵抗運動は同等であった
• 疼痛抑制は収縮部位だけでなく遠隔部位にも生じる
• 収縮時間は長いほど疼痛抑制が大きくなる
• 収縮強度による疼痛抑制の大きさは中>弱>強の順

<慢性疼痛患者への各種運動>
• 疾患、運動の種類・強度・部位、によって結果が一定しない
• 局所的な慢性疼痛の場合は痛くない筋活動により患部の疼痛を軽減できる可能性がある
• 線維筋痛症の患者には(健常者と異なり)、弱から中の強度の運動が疼痛抑制に効果があるようだ


 EIHによる疼痛抑制のメカニズムはまだ十分に解明されてないようであるが、その一部を紹介する。

EIHによる疼痛抑制のメカニズム
Mechanisms of Exercise-Induced Hypoalgesia
Kelli F. Koltyn, et al, J Pain, 2014

【対象と方法】
• 健常者を対象に、握力計を用いた25%MVCで3分間の等尺性収縮という運動負荷前後で人差し指の疼痛閾値を測定
• 疼痛抑制がオピオイドによるかどうかを調べるために実験群はオピオイド拮抗薬を服用、コントロール群は偽薬を服用
【結果】
• 両群とも同様に圧痛閾値の上昇
• オピオイドではないメカニズムによる疼痛抑制
 生体脂質の増加(AEA , OEA, PEA, DEA, 2-AG , 2-OG )


筋トレはなぜ痛みを軽減するのか? まとめ
• 筋力が弱いと変形性膝関節症が生じるという証明はない
• 筋力増強を中心とした運動療法の効果は対症療法としての疼痛抑制の可能性が高い
• 筋力低下以外の痛みの原因を見つけ、治療する必要がある
• Exercise-Induced Hypoalgesiaという生理現象があり、根治療法が困難な疾患へ(対症療法として)活用できる可能性がある(但し、効果は一時的)
• 変形性膝関節症に対して筋トレは変形の進行を助長する可能性があるので、エアロビックエクササイズが適応


 現在のところ変形性膝関節症の痛みの根本原因となる病態はわかっていないので、対症療法としての疼痛軽減のアプローチが最も効果的だと考えられる。ブロック注射や物理療法も積極的に活用することが勧められる。


【補足】
臨床における素朴な疑問
• 変形性膝関節症のスターティングペイン(歩き出すと楽になる)はなぜ起きるのか?
• 慢性疼痛の患者さんは起床時の痛みが強く、動き出すとだんだん楽になるのはなぜか?

 炎症や力学的ストレスや筋のオーバーユースが痛みの原因ならば、動くほど痛みは強くなるはずである!これがEIHによる疼痛抑制だと考えれば疑問は解消できる。