膝OAでは中枢神経に機能障害が生じている

近年の変形性関節症の病態で注目されているのは痛みの感作Pain sensitizationである。変形の程度と痛みが相関しないことや、明確な末梢での病態が特定できないことなどが理由である。


症状のある膝OAでは実験的な痛みの感度は臨床的な痛みの重症度とは異なる
Experimental pain sensitivity differs as a function of clinical pain severity in symptomatic knee osteoarthritis
C.D. King, et al: Osteoarthritis and Cartilage 21 (2013) 1243-1252

【対象と方法】
• 重症膝OA群96名(WOMAC34点以上)、軽症膝OA群113名(WOMAC33点以下)、対照群107名(膝以外の有痛性疾患)を比較
• 実験的疼痛検査
 温熱痛覚閾値:温かく感じる温度、痛みが生じる温度と痛みの強さ、耐えられる温度と痛みの強さ、一時的温痛覚加重をそれぞれ痛みの強い方の膝内側と対側前腕で測定
 機械的痛覚閾値:圧痛(痛みの強い方の膝内側と対側の膝以外の数か所)と皮膚刺激痛(痛みの強い方の膝内側と対側手)を測定、一時的圧痛覚加重(10回反復での増強)
 寒冷痛覚閾値:16℃、12℃、8℃の冷水バスに1分間ずつ手をつけ、痛みが生じる温度と痛みの強さ、耐えられる時間を測定
 conditioned pain modulation (CPM);痛み調整機能は内因性疼痛抑制の指標として調べる。右手を1分間冷水バスにつけ、左前腕の温熱痛覚閾値(一時的温痛覚加重)を測定する
• 自己記述式臨床評価
 グレード式慢性疼痛スケール(膝の痛みの重症度と過去6か月のDisabilityを測定)
 4段階式のWOMAC(0-96点)
 広範性疼痛:痛みが体の4分節(左右の上下肢)と体軸のどこにあるか

【結果】
• 重症膝OA群は広範性疼痛があり(痛みを訴える部位が多い)、痛みを経験した期間も長い
• 前腕と膝の(全ての)温熱痛覚閾値に差は無かったが、重症膝OA群は他の群より、その閾値での痛みを強く感じていた
• 重症膝OA群は対照群に比べ両側の膝、四頭筋、僧帽筋、前腕で圧痛閾値が低かった
• 重症膝OA群は一時的痛覚加重(10回反復による痛みの増強)が手と膝で他の2群より大きかった
• 寒冷痛閾値と耐えれる時間にグループ間の差は無かったが、12℃と8℃での痛みの強さに有意差が見られた(重症>軽症>対照群)

以上のように膝OA患者では疼痛閾値や範囲において感作が生じていることが証明されている。


膝OA患者の痛みの感作:システマティックレビューとメタアナリシス
Pain sensitization in people with knee osteoarthritis: a systematic review and meta-analysis
C. Fingleton, et al: Osteoarthritis and Cartilage 23 (2015) 1043-1056

言葉の定義
Local:膝関節およびその周辺(多数の場合は膝内側を選択)
Remote:膝関節から遠隔部(多数の場合は一番遠い部位を選択)

痛みの感作を客観的に検査する方法は基準化されていないが、よく使われているものに圧痛閾値と温熱痛覚閾値がある。それが膝周辺Localと遠隔部Remoteに生じているかどうかで判断している。
• 圧痛閾値の検査では膝OA患者と健常者の比較ではLocalとRemoteともに感作が生じている。
• 圧痛閾値の検査では重症膝OA患者と軽症OA患者の比較ではLocalとRemoteともに重症患者の方が軽症患者より感作は大きい。
• 温熱痛覚閾値の検査では膝OA患者と健常者の比較ではLocalでは差はないがRemoteでは感作が生じている。

以上の通りシステマティックレビューでも膝OAでは痛みの感作が生じていることが証明されている。

 

では一般的な保存的治療でこの痛みの感作の問題が解決できるのだろうか?


膝OA患者の疼痛と感作に対する非外科的治療の効果
The efficacy of non-surgical treatment on pain and sensitization in patients with knee osteoarthritis
S.T. Skou, et al: Osteoarthritis and Cartilage 24 (2016) 108-116

【対象と方法】
• 対象:膝OA患者100名(手術適応がある重度患者は除く)を2群に分ける
• 医学的治療群(3か月間):教育、運動療法、ダイエット指導、足挿板、服薬
 服薬はパラセタモール(アセトアミノフェン)
 運動療法にはエルゴ、不安定盤、体幹スタビライゼーション、CKC筋力増強、OKC筋力増強
 足挿板はアーチサポート+ニーアウトのある患者には外側ウェッジ
• 通常治療群:教育リーフレットのみ
• 評価指標:疼痛、痛みの部位・分布・パターン、服薬状況、感作(圧痛閾値・遠隔部)

【結果】
• 痛みの最大強度や歩行後の痛みの強さは治療群が優位に改善
• 痛みの広がりも治療群が優位に改善
• 介入前後の薬の使用量は有意差が無かった
• 痛みの広がり(3か所以上の痛みの部位がある患者の比率)では治療群が優位に改善
• 圧痛閾値に有意差は無かった(両群とも改善はあった)

 この結果から痛みの感作について範囲は有意に改善するが、閾値では不十分だと言える。このことから中枢神経系の機能障害に対する治療が必要なことがわかる。

 

他にも膝OAに中枢神経系の異常が生じていることを解説している論文が増えてきている。
その中から2つ紹介する。

OAの痛みは侵害受容性か神経因性か?
Osteoarthritis pain: Nociceptive or neuropathic?
Thakur, M. et al.: Nature Reviews Rheumatology · April 2014

 Thakurらは関節受容器で生じた侵害刺激が継続することで中枢性感作が生じ、その結果、侵害受容性疼痛と神経因性疼痛が併存している病態になっていると述べている。治療として三環系抗うつ薬、SNRI、ガバペンチン等の処方を勧めている。


何が変形性関節症を痛くするのか?
What makes osteoarthritis painful? The evidence for local and central pain processing
Nidhi Sofat, et al: Rheumatology 2011;50:2157-2165

 Nidhiらも膝OAで痛みが発生するメカニズムを末梢の関節から、中枢の脳まで最新の研究成果を踏まえて、各部位の病態に応じた薬物療法の選択を提案している。



最新の変形性関節症のガイドライン

 OARSI; Osteoarthritis Research Society Internationalという変形性関節症の国際的な学会がある。そこが2014年に新しいガイドラインを発表した。そのガイドラインでは膝OAを「膝以外のOAの有無」と「合併症の有無」で4グループに層別化し、適切な治療法を選択する指針を提示した。
OARSI guidelines for the non-surgical management of knee osteoarthritis.
McAlindon TE, et al: Osteoarthritis Cartilage. 2014; 22: 363-388.

 その要旨をOARSIの理事である川口浩先生がコンパクトにまとめられている。
川口浩:変形性関節症治療の国内外のガイドライン,日関病誌,35:1~9, 2016

 この報告でも膝OAに対して中枢神経に作用するデュロキセチン(商品名:サインバルタ)が適応になるとなっている。


膝OA以外にも整形外科疾患で痛みの感作の報告が増えている。

慢性むちうち レビュー
J. Van Oosterwijck, Eur J Pain 17 (2013) 299–312

肩関節痛 レビュー
Marc N. Sanchis, Seminars in Arthritis and Rheumatism (2014)

有痛性腱障害 レビュー
Melanie L. Plinsinga, JOSPT (2015) 864–875

 このように近年、整形外科疾患を単なる運動器の異常として捉えるだけでなく、中枢神経系の機能障害も併存している可能性があるとして診断、評価を行っていく必要があるとの報告が増えてきている。そして、それに対する治療は現在のところ薬物療法以外にはない。