膝OAでは関節に過剰なストレスがかかっているのか?

 筋力が弱いと関節へのストレスが大きくなるという錯覚

 ずっと以前から言われている「四頭筋の筋力が弱いとヒールコンタクトの瞬間に遠心性収縮による衝撃吸収ができず、関節にかかるストレスが大きくなる」は本当なのだろうか。これをバイオメカニクスの観点から見直してみた。単純化するために膝の伸展を制御する筋を大腿四頭筋に限定して述べる。(大殿筋やハムストリングス等の作用を除く)
• 関節反力(関節に加わる圧縮力)は床反力と四頭筋張力の垂直分力を足したものである。
• 四頭筋の張力は床反力に応じて決まる。
• 四頭筋の筋力が弱いと膝折れが生じるので、人は床反力を減らすために歩幅や歩行速度を小さくする。
• 四頭筋の筋力を増やすと強い床反力に対応できるので、結果、関節反力は大きくなる。

つまり筋力が弱いと関節へのストレスが大きくなるという理論は間違っている。
(膝を伸展位でロックして歩くと、床反力の衝撃が頭まで伝わるので、速度をさらに低下させて歩くという適応を示す。)

これが分かれば筋トレで変形が悪化する理由も理解できる。


ではこの理論の裏付けとなるデータを紹介していく。

まず健常者の歩行中の広筋群の張力と膝関節間力の関係である。
歩行中の広筋群の筋張力が増えるほど関節間力は増加するというデータである。つまり筋力が強いほど関節へのストレスが増えるということである。

畠中泰彦:変形性股関節症、膝関節症患者の運動療法分析と治療,in 下肢関節疾患の理学療法,三輪書店,2001


膝OAでは大腿四頭筋の筋力は歩行時の荷重衝撃と関係しない
Quadriceps strength is not related to gait impact loading in knee osteoarthritis.
Michael A. Hunt, et al
The Knee 17 (2010) 296–302

変形性膝関節症患者の①床反力の第一ピークの大きさ②床反力の平均値③床反力の最大加速度と相関する身体機能を調べた研究である。

• 全てに相関したのは歩行スピードのみで四頭筋の最大トルクは関係なかった。
• 床反力の第一ピークが大きいのはKL gradeが小さく(変形が少なく)、歩行速度が速く、踵接地時の膝屈曲角が大きい場合であった。

 

内側膝OAの大腿四頭筋の筋力と膝内反モーメントの関係
The Association of Quadriceps Strength With the Knee Adduction Moment in Medial Knee Osteoarthritis
BOON-WHATT LIM, et al
Arthritis & Rheumatism Vol. 61, No. 4, April 15, 2009, pp 451–458

結果は明確です。大腿四頭筋の筋力と膝内反モーメントの大きさは相関しなかった。


健常者と中等度および重度の膝OA患者の歩行パラメーターの違い:歩行速度を変えた結果
Differences in gait parameters between healthy subjects and persons with moderate and severe knee osteoarthritis: A result of altered walking speed?
Joseph A Zeni Jr., Jill S. Higginson
Clin Biomech. 2009 May ; 24(4): 372–378

健常者と中等度および重度の膝OA患者を対象に、ゆっくりした歩行速度(1.0m/sec)、快適歩行速度、最大歩行速度で股・膝・足関節の屈曲モーメントと膝内反モーメントを算出した。
• 健常者と膝OA患者との歩行パラメーターに違いはなかった。
• 健常者の方が歩行速度が速いため膝などの屈曲モーメントが大きくなるだけ。
• 健常者の方が歩行速度が速いので、床反力の衝撃を吸収するために膝の屈曲角度が大きくなり、その結果、膝の屈曲モーメントが大きくなる。


膝OA患者の歩行時の膝内反モーメント、前額面の床反力、レバーアームの関係
Associations among knee adduction moment, frontal plane ground reaction force, and lever arm during walking in patients with knee osteoarthritis.
Michael A. Hunt, et al
Journal of Biomechanics 39 (2006) 2213–2220

膝OA患者の内反モーメントが大きいのは、内反変形が大きいためであるという理論を証明する研究である。このグラフでは非障害側と障害側で床反力の大きさに有意差はないが、生データの最大床反力の大きさは非障害側が大きい結果になっている。


【膝OA患者の筋力とバイオメカニクスのまとめ】

• 膝OA患者の歩行時の床反力は健常者より大きくない
• 筋力が強い方が歩行速度が上がり、床反力は大きくなる
• 膝内反モーメントが大きいのは内反変形が進んだ結果であり原因ではない
• 四頭筋の筋力と膝内反モーメントは関係ない

筋力が弱いと関節へのストレスが大きくなるという誤った理論とはもう決別すべきである。

 

もし仮にOA患者の歩行自体が関節へのストレスとなって変形を助長しているのなら、歩行量が多いほどOA症状が進行することになる。それを検証する研究紹介する。

膝OA患者の歩数と機能障害のリスク
Daily walking and the risk of incident functional limitation in knee OA: An observational study
Daniel K. White, et al
Arthritis Care Res (Hoboken). 2014 September ; 66(9): 1328–1336

【対象と方法】
• 1日の平均歩数と2年間の機能障害の進行の関係を調査(観察研究)
• 高齢者全体(OAがある者とそのリスクのある者全体)1788名、画像OA 1003名、症候性OA 390名の3群で歩行速度とWOMACの変化と歩数を測定
• 歩行速度低下の基準は1.0m/s以上の低下
• 機能障害悪化の基準はWOMAC28点以上の低下
【結果】
• 歩数が多いほど歩行速度低下やWOMAC低下のリスクは減少
• 高齢者全体、画像OA群、症候性OA群の3群とも同様の結果(表は高齢者全体の結果)

 

同様に歩行量とOAの進行を調査した結果である。

リスクまたは軽度の膝OAのある患者の歩行量と構造的変化は関係ない
No association between daily walking and structural changes in people at risk of or with mild knee osteoarthritis. Prospective data from the Multicenter Osteoarthritis Study
Britt Elin Øiestad, et al
J Rheumatol. 2015 September ; 42(9): 1685–1693.

• 一日の歩行量を基準に対象者を均等に3群に分け、X‐pとMRIから2年間の軟骨変形の進行を比較
• 歩行量が少ない群ほど年齢が高く、肥満で、痛みが強く、歩行速度が遅く、変形が重度なので、その違いを補正して比較
• 3群間の比較では歩行量と内側軟骨の減少は関係なかった
• 3群間の比較では早い歩行速度(強い衝撃を想定)での歩行量と内側軟骨の減少も関係なかった

【結論】
歩行量が増えても変形が進行することはない。
歩行量が多いほど身体機能は高い状態で維持される。

間違っても患者さんに「歩きすぎたら変形が進行しますよ」というアドバイスをしてはいけないことがはっきりした。